三重の“今”を刻む人を追いかける企画、「ミエタイマー」。
誰かの毎日を支えたり、気づかれないところで誰かの人生をそっと変えていたり…。そんな「名もなきすごい人たち」に会いに行き、物語を届けるシリーズです。
第3話は、名張市にある武田産婦人科。ここで婦人科診療を担っているのが、志村真由子(しむら・まゆこ)先生です。

産婦人科医としてキャリアを重ね、現在は婦人科診療に注力する真由子先生。
女性の体や心の悩みに寄り添うその姿勢は、「まず話を聞くこと」を何よりも大切にしています。
診察室の扉を開けた瞬間、そこに漂うのは“病院”という緊張感ではなく、安心して深呼吸できるような、やわらかい空気。
「婦人科って、行きにくい場所だと思われがちですよね」
そう語る志村先生は、その“行きにくさ”をなくしたいと願っています。
学生から社会人、子育て世代、そして更年期を迎えた方まで。人生のあらゆるステージで訪れる“女性の悩み”に、真剣に、そしてやさしく向き合う姿がありました。
志村先生って、どんな人?
三重県名張市出身。
どこか柔らかな雰囲気をまといながらも、話す言葉の一つひとつに芯が通っているのが印象的な真由子先生。
医師を志したきっかけは、11歳のときに訪れた“ある瞬間”でした。
それは家族の出産に立ち会ったときのこと。
小さな自分の目の前で、新しい命が誕生する光景を見たその瞬間、胸の奥で何かが強く動いたといいます。

「命が生まれる瞬間を目の前で見て、“医療ってすごい、こういう仕事がしたい”って心から思ったんです」
そのときの衝撃と感動が、今も真由子先生の原点として心に残り続けています。
高校、大学、医大での研鑽を経て選んだのは、迷わず産婦人科の道。
以来、妊娠・出産を支える現場、婦人科診療、地域医療…あらゆる女性の人生の節目に寄り添い続けてきました。
医師となって12年目。日々の診療の合間にも、志村先生の頭にあるのは「どうすれば患者さんが安心できるか」という問い。
それは診断や治療の技術だけではなく、患者さんの心に寄り添い、選択肢を提示し、“ここなら話せる”と思ってもらえる空気をつくること──。
名張という地元で育ち、同じ空気を知っているからこそ、地域の人たちにとって“安心して頼れる存在”でありたい。そんな思いが、志村先生の診療スタイルの根底に流れています。
婦人科のハードルを下げたい
「婦人科って、ハードルが高いってよく言われます。“恥ずかしい”とか、“なんとなく怖い”っていう気持ちが、やっぱりあるんですよね」
志村先生は、患者さんからそうした声を何度も耳にしてきました。診察室のドアを開ける前から緊張してしまう…。症状や悩みをうまく言葉にできないまま、心のどこかで「行きたくない」と思ってしまう…。そんな気持ちは、誰にでもあるのかもしれません。
だからこそ、志村先生が大切にしているのは、「話しやすい雰囲気づくり」です。
診察室に入った瞬間に少しでもホッとできるように、声のトーンを柔らかくする。いきなり専門用語を並べず、まずは「どうされましたか?」とやさしく問いかける。
そして、患者さんが言葉を選びながら話している間も、最後まで遮らずに耳を傾ける。

「診断や治療の説明よりも先に、“どうしたいか”を聞くんです。自分の体のことだからこそ、患者さん自身にちゃんと選んでほしいし、納得してほしい。そのためには、まず安心して話せる空気が必要なんです」
一人ひとりの不安や迷いに寄り添いながら、「ここなら話してもいいかも」と思える場をつくること。
それが、志村先生が目指す婦人科診療のあり方でした。
思春期から更年期まで。人生の“すべての段階”に寄り添う
武田産婦人科では、思春期外来・月経相談・ピル外来・不妊相談・更年期ケア・子宮がん検診など、女性の一生を通じて必要となる幅広い診療を行っています。
真由子先生のもとには、さまざまな年齢や背景を持つ患者さんが訪れます。中には、10代の思春期の子が「初めて婦人科に来た」という状況で扉を開けることも少なくありません。

「最初は、ものすごく緊張しているんです。小さな声で、目も合わせられない子も多い。でも少しずつ話していくうちに、“ここなら大丈夫そう”って、安心してくれる瞬間があるんです。それがとても嬉しくて」
人生のステージごとに、女性の体や心の悩みは変化します。
10代は初めての生理や月経不順、20代〜30代は避妊や妊娠、不妊の悩み、40代〜50代には更年期やがん検診…。
それぞれの時期に寄り添い、その人に必要なサポートを丁寧に届けること。そして「安心して来てもらえる婦人科」であること。それが、真由子先生が何よりも大切にしている役割です。
「どんな世代の方にも、“ひとりじゃないよ”って伝えたいんです。誰にも言えなかった不安や悩みも、ここでなら少し楽になってもらえるように」
人生のすべての段階に寄り添う存在として、今日も名張の地で診療を続けています。
「産科から婦人科へ」転換した理由
かつて武田産婦人科では、出産(産科)診療も行っていました。
名張市周辺では最後の出産施設として、多くの妊婦さんや家族の命の瞬間に立ち会ってきた歴史があります。
しかし現在は、その診療体制を見直し、婦人科診療を中心としたクリニックとして歩みを進めています。
その背景には、現場で働く医師やスタッフの体力的な負担、そして地域医療の制度的な課題がありました。

「産科って、24時間体制で命と向き合う現場なんです。お産は予定通りにはいかなくて、深夜や休日でも呼び出しがありますし、安全を守るために常に緊張感を持たなければなりません。父(現院長)も長年、その最前線に立ってきましたが、年齢を重ねるなかで“今後も続けるのは難しい”という判断をせざるを得ませんでした」
さらに、地域のバックアップ体制の不足も、産科を続けられなくなった要因のひとつ。医療現場だけの努力では支えきれない部分があり、「根の深い問題」と真由子先生は表現します。
とはいえ、産科を休止したからといって、「女性の人生に寄り添う」という軸は変わらないといいます。
「妊娠・出産だけが女性の人生じゃない。その前も、その後も、ずっと続いていく女性のライフステージ全体を支えていきたい。それが、今の婦人科としての役割だと思っています」
産科を閉じてもなお、「隣で支える存在でありたい」という思いが、今の武田産婦人科の診療方針にも息づいています。
名張のまちで、身近な存在に
「名張って、人との距離が近いんですよね。患者さんも“知り合いの紹介で来ました”っていう方が本当に多いんです」
真由子先生がそう語るように、名張というまちは、人と人とのつながりが自然と生まれる土地柄です。
地元で育ち、同じ空気を知っているからこそ、患者さんとの会話の中で“地域ならではの感覚”が共有できる。
その安心感が、診察室の空気をさらに柔らかくしているのかもしれません。

「地元だからこそ、患者さんの生活や背景がよく見えるんです。たとえば“この地域ではこういう働き方が多いから、このタイミングは無理しなくてもいいかな”とか、“子育て中の方は、こういうサポートが必要だろうな”とか。そういう“生活に根差した提案”ができるのは、地元で診療する大きな強みです」
名張は決して大きな都市ではありません。
でも、その分だけ人と人のつながりが濃く、誰かの口コミや紹介で新しい人が訪れる。
だからこそ、「気軽に立ち寄れる雰囲気づくり」を、真由子先生はとても大切にしています。
「“隣にあるクリニック”のような存在になりたいんです。“あそこならちょっと話してみようかな”って思ってもらえる場所でありたい。悩みが大きくても小さくても、まずはここに来てくれたら、それでいいんです」
地域に根差したクリニックだからこそできるサポートがある。名張のまちと共に歩む真由子先生の診療は、今日も静かに、けれど確かに多くの人を支え続けています。
若い世代に伝えたいこと
「若い子たちには、YES・NOをはっきり言える強さを持ってほしいと思います。誰かのためじゃなく、自分のために。そのためには、まず自分の体のことを知ることがとても大切なんです」
志村先生がそう語るのは、診療の中で“自分の意思をうまく伝えられない”若い世代と向き合うことが多いからです。
避妊のこと、生理の悩み、将来の妊娠や出産への不安…。
本当は知っておきたいし、聞いてみたいけれど、「恥ずかしい」「怒られそう」「こんなこと聞いたら変かな」とためらってしまう。
そんな空気が、まだ社会の中に根強く残っています。

「本当は、体のことを知らないまま大人になる方が危ないんです。知らないからこそ、選べないし、守れない。だからこそ、正しい知識を持って、自分で判断できるようになってほしい」
真由子先生が目指しているのは、「話しにくいテーマを、少しずつ話せるようにする空気」をつくること。
“こんなこと聞いてもいいんだ”と思える雰囲気さえあれば、そこから対話が始まり、悩みは少しずつ解けていきます。
「婦人科は、何かあってから行く場所じゃなく、“自分を知るために行く場所”であってほしいんです。未来のために、そして今を安心して過ごすために。少なくとも私はそう願っています。」
若い世代への想いは、「自分の体を大切にできる人になってほしい」というシンプルで強い願い。その想いが、日々の診療のひとつひとつに込められています。
志村先生から、読者の皆さまへ
「婦人科って、なんとなく行きにくい場所だと思っている方が多いんじゃないかな、って感じます。“恥ずかしい”“こんなことで受診していいのかな”って思われる方もいらっしゃると思うんです。でも、本当はもっと気軽に相談してもらっていいんです」
真由子先生は、そうやって優しく語りかけます。
不安や疑問があるとき、「誰かに相談したいけれど、誰に言えばいいかわからない」そんな気持ちのまま、日常を過ごしている人は少なくありません。
けれど、そういうときこそ、“ちょっと立ち寄れる場所”があったら、きっと心が軽くなるはず。

「“なんとなくしんどい”っていう気持ちでも大丈夫です。理由がはっきりしていなくても、言葉にならなくても、まずは一度話しに来てください。私がここでお待ちしていますので」
その言葉からは、専門家としての知識だけでなく、ひとりの人として寄り添いたいという温度が伝わってきます。
婦人科を「特別な場所」ではなく、「身近な安心の場所」に…。真由子先生の想いは、そんな未来を静かに描いていました。
ミエタイマーが活躍する場所
お店名
武田産婦人科
住所
三重県名張市鴻之台1番町144
電話番号
0595-64-7655
ホームページ
https://www.takeda-clinic.com/
営業時間
9:00〜12:00
16:00〜18:00
定休日
木曜・土曜午後・日曜・祝日
アクセス
編集後記(ミエタイムより)
真由子先生とお話ししていて、一番強く感じたのは、“医師”という肩書きよりも前に、「聞いてくれる人」なんだなということでした。
診察室というと、どうしても「緊張する場所」「怒られるんじゃないか」と思ってしまう人も多いはず。
けれど真由子先生の前に座った瞬間、その空気は一変します。
やわらかな声のトーンと、こちらの言葉を急かさず受け止めてくれるまなざし。「何を言っても大丈夫なんだ」と思えるその安心感に、心の力が少しずつ抜けていくのを感じました。
婦人科に行くハードルを下げること。それは特別な医療技術や派手な設備ではなく、こうした人柄や、対話の積み重ねから生まれていくのだと思います。
そして、真由子先生の何気ない一言や頷きが、誰かの背中を押し、明日を少しだけ生きやすくしている。
そんな小さな奇跡が、この名張の地で静かに繰り返されているのだと感じました。
婦人科を「行きにくい場所」から「頼れる場所」へ。
その変化の真ん中に、志村先生のやわらかな存在がある──
取材を終えて、そう心から思いました。